音楽と政治について考えることに向き合わなきゃいけないのは分かってるんだけど(20210708、23日目)

腕の痛みもほぼ治まった。

部屋の湿度が全然さがんね~冷房と除湿器の二刀流で何とか60%まで下げた…

 

昼食べた食パンがカビてた。半分食べてから気付いた。俺の胃酸、カビを溶かして無効化してくれ、頼んだぞ…。次からは早めに冷凍庫にぶち込みましょう。

夜はしめ鯖を食べた。めちゃうますぎる!!!米が進み過ぎた。酒を飲みたくなったがこらえた…偉いぞ…!

 

 

ロッキン中止に際して、絵音が

 と呟いたのが叩かれていたらしいのを見てモヤモヤしてた。

 

まず、全てのアーティストが何かステートメントを述べる必要はないと思う。たとえば今回のロッキンの参加者でいうと、UNISONは特に何も出していない(パッと思いついただけで選んだので他意はない)。また、もっと影響力のあるアーティストで考えると、今回ゴッチも野田も色々と述べていたけれど、たとえば今年のフェスにBUMPも出たとして(直井の不倫がなければこのようなことは十分にあり得たはずだ)、藤原は何かステートメントを出しただろうか。もちろん「何かを述べること」と「何も述べないこと」の間には大きな隔たりがあるけれども。

「音楽を作っていく」という発言は今回のロッキン中止のいきさつについては否定も肯定もしていないので、「逃げ」と捉えられかねないのも分かる。

でも、ゴッチが呟いていたことにも繋がるが、絵音が何か言ったところでどうなっていたのか...?というのもある。

 

 

私は川谷絵音の作る音楽が好きだし、好意的に感じている側面もあるが、不倫をした以上社会的信用が高くはないのも事実だ。私がどう思っているかではなく世間一般の話として。社会的信用があまりない、または何を言っても反感を買う可能性のある(もちろん本人がしてしまったことの帰結ではあるが…)人に社会的なステートメントを求めるのは酷すぎないか…?と思ってしまう。袋小路すぎる。

以上私が滔々と述べたようなことを本人は嫌と言うほど分かっていて、その結果のあのツイートだったと思うのだ。

 

 

あと山口一郎が、

 

 と呟いていて、私は率直にいいな~と感じた。対談したら?っていう提案はとても建設的だ。あと分断への危惧も述べているし。これからもフェス文化は続くし、それぞれにそれぞれの言い分があって起こったことだろうと思われるので…

 

でもこの発言もこう言われていたりする。この方の言うことは尤もなので反駁のしようはないが…(この方の記事まだ読んでない…読むべきな気がする…)

 

 

この辺りの議論は音楽の政治性と芸術性の対比みたいな話になるので(多分)、折り合いがつかない分野なのだろうとは感じる。震災の後も反原発ソングを出すことへの是非が出ていたのを思い出す。

あと政治的な発言をしないということ自体も既に十分に政治的だ、みたいな話ですね…

私は音楽を聴くのが好きだけどここら辺の話は本当はあまり好きではなくて、好きな音楽を聴いてだけいたいという気持ちがあることも否定できない…まぁここまで書いててなんだけど、音楽と政治の結びつき考えるのめんどくせ~~~~って話になってしまった。考えるべきなのも重々分かっているけど、どうしても内発的動機に落とし込んで考えられない感がある。

そもそも全ての文化的活動は政治とは完全に分離することはできないんだよな……