不倫…(20210624、9日目)

めっちゃ眠いので書いたら寝る!なんか毎日眠い気がする。

 

 

「犯罪とは刑罰を与えるべきだとされる行為に過ぎない」という話を聞いた。

高校のころ読んだ印象に残っている評論にこのような内容が書いてあったのを思い出した。その文章には「法を破ったから刑罰が与えられるのでありそれ以上の意味はない」みたいなことが書いてあった気がする。細かい内容は忘れてしまったし、出典も調べようがないが。河合の模試だったはず… 

また、「法律と道徳・倫理」の分水嶺はかなり曖昧だという話も聞いた。その例に不倫が出されていたので色々考えてしまった。当方、1年弱前に一番好きなバンドのベーシストのコスプレ不倫報道があったオタクである。

不倫が人々の道徳や倫理に激しく触れる(らしい)のは何故なのだろうと思う。当事者間の問題なはずなのに、芸能人の不倫は毎回性懲りもせず報道され、大げさに取り上げられ、その芸能人は社会的地位や信用を失ってしまう。もちろん殺人をしたらこのような事態になるのは自然だと思うが、不倫でここまで?と思うことがある。(最近はこのような表明をする人が増えている(可視化されるようになった)とは思うけど)

上で『不倫が人々の道徳や倫理に激しく触れる(らしい)』と括弧つきで書いたのは、私が不倫で騒ぎ過ぎでは?と思う側の人間だからだ。

 

 

「不倫する有名人」になぜ世間は激怒するのか | 幻冬舎plus | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

(以下引用、下線は私が引いたものです)

「けしからん」「許せない」と声高に叫びながら、一緒になって叩く人の心の奥底には、羨望が潜んでいる可能性が高い。「羨望というのは、他人の幸福が我慢できない怒りなのだ」と言ったのは、17世紀のフランスの名門貴族、ラ・ロシュフコーだが、まさにその通りである。

 

未婚者、とくに結婚できない未婚者が既婚者の不倫を叩く場合は、自分は一度も結婚していないのに、向こうは少なくとも一度は結婚しておきながら、そのうえ他の異性とも関係を持つなんてけしからんという心理が働きやすい。(中略)結婚しないことで周囲から責められているような未婚者からすれば、いったん婚姻制度の枠組内に入り社会から承認を得ておきながら、その一方で他の異性とも肉体関係と持つという既婚者の「享楽」は許しがたいのではないか。

 

既婚者が他人の不倫を徹底的に攻撃する場合は、羨望だけでなく自己正当化の欲望もしばしばからんでいる。夫婦生活において大切なこととされている誠実さが絶え間ない誘惑をしりぞけて初めて守られることは、既婚者であれば誰でも多かれ少なかれ経験しているはずだ。だからこそ、不倫願望を心の奥底に秘めていながら、我慢せざるを得ないとか、実行に移せないという人ほど、他人の不倫を激しく叩く。また、不倫という他人の「悪」を徹底的に攻撃することによって、自分にはそんな「悪」などないかのようなふりをすることもできる。とくに誠実であるべき責任を分かち合う配偶者の前で、他人の不倫を攻撃すれば、自分には不倫願望のようなやましい欲望などないのだと自己正当化できるわけである。

 

 

…らしい。私は未婚者で、そもそも婚姻制度に疑問(というか不信というかネガティブイメージ)を持っている。この説明が私にしっくりこないことは逆説的にこの説の正しさを証明しているのかもしれないし、ただ的外れなだけかもしれない。

 既婚者が自己正当化に使っている、っていうのは割と一理ある意見な気がしたけど、それは私が未婚者だからかもしれない。

 

……結果何も解らなかった。

 

報道すること自体に疑問はあるが、報道され社会的影響力があるというのは事実なので、分けて考える。

報道する方もする方だけど、報道された後のリスクを考えられない芸能人も浅はかなのではないかと思うことが正直ある。この気持ちを以前友人に話したら、「"浅はかだ"という指摘は本当に浅はかな人には届かないよね…」と言われ、その通り過ぎて閉口した。

 

約1年前の某ベーシストの不倫を私は「やってくれたな」と思った。不倫という行為自体に糾弾すべきだと感じたというよりは、今述べた、社会的インパクトの大きさに萎えてしまった。また、バンドの音楽性を損なうような行為をしていたと感じてしまった。「じゃあどの点がどのようにバンドの音楽性を損なうような行為なの?」と聞かれると、バンドとリスナーの関係性の話になるので不倫の当事者と大衆という話ではなくなり、やはり世間が不倫に怒っているらしい理由は分からないままだ。

 

 

 

高校のとき面白い小論文を書いていた友人がnoteに日記を書き始めてめっちゃ嬉しいしやっぱ面白い。